【お金への異常な執着】いじめ、病気、浪費。底辺の貧乏で植えつけられた、お金へのネガティブイメージ

お金の執着がものすごいので、好きな事だけしようと思ってもまず初めに思い浮かべるのは「やりたいけど、いくらかかるかな?」である。

 

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高校1年で、父が脳梗塞で倒れてから、我が家は文字通り爪に火を灯す日々だったんだと思う。憶測でしか書けないのは、母が苦労を一ミクロも出さない人だったから。

 

家はきょうだい5人、両親の7人家族。姉3人、兄ふたり。つまり私は末っ子なのだが、自営業の父が倒れた事で一気にお金が廻らなくなった。

 

ひとつ上の知的障害の姉は、治安の悪い学校だったせいもあって徹底的にいじめられたし、かばった私もいじめられた。ストレスでお菓子を食べまくり、10kgも体重が増えてしまってから、外見第一の中学時代は、周囲の扱いも変わってしまった。

 

父は稼いだ金をありったけ使い果たす性格だった。母がこっそりと隠してた金を泥棒のように持ち出しては、馬鹿みたいなもうけ話に乗り騙され、すぐに消えていった。母は生活費を少しでも稼ごうと、パートで働きに出たが、足りるはずもなかった。

 

当時、11歳上の長女は看護師だったので、経済的支援を余儀なくされた。私の修学旅行費用は姉が出してくれたことも、学校行事に関わるお金は長女、一部長男の負担であることも、大人になるまで知らされなかった。

 

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現在、長女はめったに実家に寄り付かない。関東でコ〇プレやら音楽活動など、有り金をはたいて好き放題に生きている。「実家を離れてみて、やっと解放された」とよく話してくる。長年家族にお金を渡し続けてきたことが、彼女にとっては「金食い虫の寄生虫に、搾り取られた」というイメージしかないのだろう。

 

本当はそんなことしたくなかったけど、長女への責任感、期待感にいやいや応えてきたのだ。母親は、姉に「理解者」の立場を求めたし、父親は「うちは貧乏なのだから当然」と「経済的支援」を求めた。彼女もまた、お金に振り回されることになった一人だと思う。

 

母親は70代で、『耐え忍ぶのが美徳』の時代の人。末っ子の私には苦労を表に出さなかった。けれども、姉にはすべてをぶちまけていた。娘じゃなく、親友のような扱いをした。

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自分さえ我慢すれば、平穏でいられる。

私は周りのしりぬぐいをして生きていく。

 

姉も母も、お互いに思い込んでいた。

 

大人になると、末っ子のピヨ子の立場は「傍観者」に変わった。

家族がお互い無理し続け、不幸になっていく姿を見届けてみて思った。

 

誰も悪くないし、正しい、正しくないなんてない。みんな、困難に立ち向かおうとして必死だった。ピヨ子は、家族全員をそれぞれ愛しているし、大切に思う。

 

それじゃあどうして、家族の縁が希薄になってしまったのか。

それは、本心を無視し続けてしまったからだ。

 

父は母の鏡だった。

父が破天荒な行動をとったのは、

「我慢ばかりせずに、本音本心をぶつけてみろ。本当はお前も、自由でいたいんだろ?」という警告であり

 

父の浴びるような浪費は

「金への執着を断ちなさい」というメッセージであり

 

姉は母に

「いい加減にしてよ!

金は持っていくわ、父親への愚痴を延々聞かされるわ。私は母さんの友人じゃない!

母さんにひとりの子供として愛されたかった。甘えたかった」

と怒鳴って、怒って、泣けなかったからだし

 

 

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私は今、家族の生きざまから根付いてしまった

「お金=無くなれば惨めになる。通帳の残高が目減りするだけで怖くなる。働いていなければ、またあの生活に逆戻りするはず」と思い込んでいる。

 

なぜ、執着に気づいたのかというと

 

今朝、交通費が足りなくて、夫が私の財布から1000円を持ち出した。

ピヨ子は夫の出勤時、見送らずに寝てるから、起こさなかったそうだ。

財布はほぼ共有で使っているので、不自然ではない。

 

たったそれだけの事で、夫を責めた。

 

「前からお金を抜き取り、悪用していたんじゃないか」

「信用なくすようなことはやめてよ」

 

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「前からお金を抜き取り、悪用していたんじゃないか」

→父親の姿を思い出して、恐怖を感じた

 

「信用なくすようなことはやめてよ」

→私は夫より、1000円のお金を信じている。つまり、執着しているのだ。

 

なので、夫に

「お金にいかに執着してるか気づかせてくれた。夫婦は鏡って本当だね。ありがとう。」

 

とお礼を言ったら、

 

「ピヨ子が大好きだよ。これからもよろしくお願いします。」

とお礼返しされた。

 

お金への執着を断ち切るプロセスは、まだまだ続くだろうけど、本音本心で生きると決めた私は、それすらも楽しんでいる。